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■なにかが足りない■

「ふみゅううぅぅ!!?」

夜の女子寮に悲鳴が響く。
続いて画面には『K.O』の文字が浮かび上がり、あまりのあっけなさに
やり切れない空気だけが部屋を充満していた。

「はぁ……実里もういいわ、相手…ありがと……」

パジャマ姿の桜木美月(さくらぎみか)はぼそりと呟くと、
涙目のルームメイト―――天宮実里(あまみやみのり)の肩を叩く。

「はう~…可哀想な人あつかいされてるよぅ~…!」
「いやいや、そんなことないから!」

実際、実里はこれでも良い対戦相手だと美月は思ってる。
ただいかんせん『格闘ゲーム』となると相手に遠慮をしてしまうのか
全然厳しさが足りない。

「……ああ……もっとしびれるような厳しい闘いがしたいっ」

実里へ聴こえないように寮の廊下まで出てから美月は愚痴を漏らす。
奥底から湧き出てくるかのような衝動―――…闘いへの飽くなき欲求。
孤高の対戦ゲーマー美月はこの暇で暇で仕方ない春の週末、密かに
不満を膨らませ続けていたのだった。

「あれ? 美月センパイどうしたんですか? こんな所で立ち尽くして…」
「あっ、乃亜! いい所に居たわ! さ、ヤるわよっ!」

同じ寮の下級生―――…姫名森乃亜(ひなもりのあ)はその一言にピンと来たのか
素早く一歩後ずさるとあからさまにけげんな表情を見せる。

「え、遠慮しときます…! 美月センパイの相手、あたしには無理ですからっ!」

言うほど実は無理じゃない。5回に1回ぐらいは勝てる程度の実力差だと乃亜自身も
思っている。が、その1回の勝利に納得行かない美月が10倍返しを達成するまで
対戦を止めないことも良く良く知っているので、いつもこんな感じで尻込みをしていた。

「あ、あたし…お姉ちゃんと約束あるからこれでっ」

返事も聞かずに乃亜が自室まで走り去って行く。
はぁ……と思わずため息を落す孤高の仮想ファイター、美月。

「………ん~…何か、物足りないのよねぇ」

ぼんやりと廊下の窓から覗く綺麗な満月を見上げた。
これは別に対戦ゲームに限った話じゃなかった。
例えばゲームなんかよりずっと自信のあるスポーツでも、いつもこんな感じ。
どこまでもどこまでも高みまで昇り詰めたい本人と、まわりの空気の温度差がつらくて
部活動も一年で辞めてしまっていた。
女子校だから仕方無い気がするし、部活を楽しく遊びたいという人たちの気持ちも
理解できたから、それをあえて壊したり批判するつもりも美月にはない。

プライベートなこの寮の中でも同じ。
昔からの親友である実里とは楽しくやっているけど、あのほんわりとした空気の娘に
そんなに多くのことを付き合ってもらうのは悪い気がしてしまう。
下級生の双子はそれなりに慕ってくれているけど、この春から寮に入ったあのふたりは
まだ姉妹だけで過ごす時間が多い様子だし、上級生の紬(つむぎ)先輩に至っては
我が道を行く人だから神出鬼没過ぎて何もかもが合わせられない。

結局、皆が自分なりの落ち着ける場所をそれなりに見つけていて、美月だけがそれを
しっかりと見つけられないまま……という、それだけの図式だった。
特に『不満』と改めて口にするほどのことじゃない。
じゃないけど―――…『何か』が足りない。そんな気がしていた。

もっと無茶をしたい。
もっと毎日をわくわくして過ごしたい。

特に予定も無い静かな夜だからこそ感じてしまう、そんな漠然とした欲求。
どんなピースが埋まればこの気持ちは満たされるのか美月自身もよくわからなかった。

「何か、面白いことは起きないかしらね…?」

春の月夜に浮かぶ綺麗な桜をぼんやり眺めながら、美月は小さくつぶやいていた―――…


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