「………うにゃ~……」
「どうしたんですか実里さん? 昨日辺りから元気ありませんね?」
いつもの夕食の準備中。
四方八方無差別に振りまいている天宮実里(あまみやみのり)のお悩み光線を浴びて
下級生の姫名森由乃(ひなもりゆの)がたまらず尋ねた。
つられて由乃までちょっと困り顔になってしまっている。
「え、ええっ!? 何でもないよお~?」
「そうですか~」
ぶんぶんっ。
筑前煮を作っている実里が、持っているその菜箸ごと手を左右に振って懸命に疑念を否定する。
そのあわてっぷりに由乃は踏み込むことなくゆっくり一度うなずいてすぐに会話を終らせた。
「………………」
コトコトと煮込む鍋からのわずかな音。窓から差し込む温かな西日。
少しばかり、心が癒される気がした。
いつもの見慣れた光景なのに今日は一段と優しい時間だな、と実里には感じていた。
「………はぁ」
そしてまた思い出してため息がひとつ。
約束の日は、明日。
3日前に母親から告げられたあの場面を、何度も何度も反すうしてしまう。
「…明日、すっごく好きだった幼馴染みと再会するんだ~…」
「あら? それはとてもステキなことですねっ」
うん……と答える実里の声に力は無かった。
実里にとっても本当にその再会の機会自体はとてもとても嬉しい事実だった。
少なくとも、昨日からなかなか寝つけられないぐらいには。
でもだからこそ心中はとても複雑。
だって…………その幼馴染みの家族に不幸があったことが、再会の理由なのだから。
心のどこかで浮かれてしまいそうなそんな自分に少しばかり嫌悪が走ってしまう実里だった。
その複雑そうな心中を察して由乃はわずかに首をかしげながらも、
自分が担当するお味噌汁の鍋に集中することにした。
「―――…もう。由乃ちゃんにまで心配掛けてどうするの~…」
食後。
実里は自分のベッドに仰向けになって倒れこむと天井を眺めながらぼやいていた。
今、こうしている間も、明日再会するだろう『彼』のことを考えて
通常より少しばかり鼓動を高めていることを自覚する。
「明日、どんな顔して逢えばいいと思う? クゥ?」
「くぅ~?」
仰向けの姿勢のまま、隣りで心配そうに寄り添っていた自分のハローを両手に抱えて尋ねてみた。
「……ゆーちゃん…どんな風になってるのかな……」
一緒に遊んだこと。なぐさめたこと。褒めてくれたこと。
自分でもこんなに色あせることなく記憶していることが信じられない。
もう10年は昔の幼馴染みなのに。
今の自分がどれだけ当時の彼に影響を受けたのか、少しばかり思い知った実里だった。
「………ゆーちゃん、お久しぶり。ご家族のこと……残念だったね…」
「くぅ?」
ちょっと予行練習してみた。
……何か違う気がする。
「こんにちは~! えへへ~、ゆーちゃん。すっごい久しぶりだねぇ♪」
「くぅ~…?」
これは明るすぎるのかな、と自分で首を横に振った。
ちら…っと横目で机の上の時計を見てみる。
もうあと12時間後。
この針がぐるっと一週する頃には、彼と再会していることになる。
静かに静かにその瞬間は今も近づいていた。
とくんっ、とくんっ。
速いリズムで刻む自分の心臓の音が聞こえて来る。
色々な考えが渦巻いてくる。
『ちゃんと自分のこと覚えてくれているのだろうか?』とか
『もうあの頃のような優しさが無かったらどうしよう?』とか
『自分を見てガッカリされちゃったらどうしよう?』とか。
「―――…ううぅ…もうダメ。わかんないよぅ」
「く、くぅぅ!?」
ぎゅーっと両手のハローを強く抱きしめながら実里は考えることを放棄することに決めた。
出たトコ勝負。
彼の顔を見て、その時に自然と出てくる自分の態度がその答えなのだろう…と
本能の自分に全てを委ねることにする。
とくんっ、とくんっ。
それでも心臓は期待に高鳴り続ける。
きっと再会するその瞬間まで。
そしてたぶん、それからもずっと、ずっと。
ゆっくり身を起こす。
「ゆーちゃん………ね、楽しみにしていたら、ダメですか?」
窓から顔を出している満月を彼に見立てて、実里は静かに語りかけていた―――…