「うううぅぅ~…気に食わないーっ! 気に食わないーっ!!」
まだこの寮に入ったばかりの一年生―――…姫名森乃亜(ひなもりのあ)は
自室のベッドの上で豪快に暴れていた。
ばいん、ばいんと羽の入った枕を何度も叩きつける。
「乃亜、うるさい………」
「うぐっ!?」
ズビシッ。
ルームメイトであり先輩でもある董条紬(とうじょうつむぎ)に後頭部から
少々手荒な手段でたしなめられてしまう乃亜。
「だ、だって、あんなヘンタイとお姉ちゃんが買い物なんて……!!」
「………心配?」
当たり前ですっ!と噛み付く勢いで叫ぶ乃亜。
そう。双子の姉である姫名森由乃(ひなもりゆの)と、突然押しかけてきた
ヘンタイ―――…水瀬雪兎(みなせゆう)が買い物に出かけたのが一時間ほど前。
しかしながらその事実を乃亜が知り得たのはつい10分ほど前のことである。
時、既に遅し。
今ごろもしかしたらあのヘンタイにお姉ちゃんが―――
「い、いやあああああぁぁぁぁぁ―――!?!?」
「うるさい………」
「ふぐっ!?」
ズビシッ、ズビシッ。
今度は2HITコンボを食らった乃亜は二重の意味で頭を抱えて悶絶した。
「くっ……こ、この痛みは10倍にしてアイツに渡してやるぅ!!」
ぐぐぐぐ…。
ちぎれそうな勢いで枕を握った。
「そ、それにしても遅いと思いませんか、紬センパイ。たかが食材の買出しに1時間なんて!」
「ふむ……………」
何を考えているのか外からはさっぱりわからない深い色の瞳を伏せて考え始める紬。
黙っていれば本当に絵になる人なのに……とかふとそんなことを乃亜は考えていた。
「そのまま由乃と、しっぽりむふふ……?」
―――…ほんと、こういうこと言わなければいいのに、と紬の思考回路の出来を再確認する。
その言い回しが気に入ったのか、当の紬は乃亜の冷たい視線も気にせずご満悦の様子だった。
「う、ううっ……あたしちょっと迎えに行って来る! でぃくんっ!」
「みぃ!」
呼ばれると『でぃ』と呼ばれた乃亜のハローが素早く肩に飛び乗る。
次の瞬間にはスドドドド~…と猪のように乃亜が部屋を飛び出していた。
「……どこのお店か、わかるの…?」
ぼそり、と背後からつぶやく紬のツッコミは当然乃亜には届いてなかった。
「―――…はぁっ……はあっ…」
居ても立っても居られなくて飛び出したはいいものの、案の定乃亜は途方に暮れていた。
とりあえず一番近所の商店街まで来たものの……果たして買う物が肉なのか野菜なのか。
それすらもよくわからないでいた。
「みぃ……?」
「あ、あはっ、大丈夫だよ、でぃくん…」
結局乃亜は、商店街から自分達の住む寮へ続く道の中ほどで立ち尽くすしか出来なかった。
見上げればいつの間にか空は夕焼けに染まっていた。
飛行機雲が夕日に反射してキラキラ輝いている。
それが何だか無意味に切なくさせて、ハローに心配されてしまうようなぐらい酷い顔をしていた乃亜だった。
「ううぅー…遅いよぅ…心配だよぅ」
「みぃ…」
乃亜は、わかってはいた。
初めて逢ってからまだそんな時間は経過してないが、
水瀬雪兎という人がそれほど酷い人じゃないということぐらいは。
こんな買い物ぐらい、心配するほどのことじゃないってことぐらいは。
「もう……帰ってきたら絶対にアイツは八つ裂きの刑だっ!」
「みぃ!」
しかし心の中を駆け巡る騒乱の嵐はそれとはまた別の理由で吹き荒れ、乃亜を駆り立てている。
その気持ちの本質を乃亜自身が自覚するには、もう少しばかりの時間と経験が必要だった。
「―――…あっ! 来たっ!!!」
ふと、道の向こうの曲がり角から待ち焦がれていたふたりの影がようやく現れる。
夕日を背に、ふたりが重そうなショッピングバッグの両端を片方ずつ持って何か話していた。
「こらーっ!! お姉ちゃんから離れろ、このヘンタ―――…」
どんな会話をしているのかはここまで聞こえない。
でも自分には見せたこと無い種類の、楽しそうな由乃の表情だけが見えた瞬間、
威勢のいい掛け声は尻つぼみでみるみる小さくなっていた。
同時に駆け寄ろうとしたその足の運びも止まった。
そして替わりに込み上げて来たのは……不思議なくらいの、笑顔。
「……もぅ、仕方無いなぁ!」
何て嬉しそうにしているんだろう、と姉のその全開の笑顔に乃亜の方まで心が温かくなっていた。
そしてもう一度乃亜は、ふたりの元に駆け出していた。明るい声で手を振りながら―――