「―――…ふぅ………」
季節は春を迎えたというのに、ため息。
生徒会副会長の霧島硝子(きりしましょうこ)は憂鬱だった。
「きゃあっ! 硝子様のため息…いつ見ても可憐です…!」
「うそっ、見逃したわっ!」
「硝子お姉様~…」
放って置いて欲しい…とはとても口に出せない硝子。
さっき漏らしたため息の10%ぐらいはこのことだというのに、これでは
ため息をつく度にそのパーセンテージを上げてしまいそうな気がした。
自称親衛隊を名乗る女のコ達に付きまとわれて硝子は学園の中庭から思わず天を仰ぎ見た。
……ランチすら気は抜けられない。
でもそれすらも仕方が無いのかも知れない。自ら望んだ役職なのだから。
この立場でしか出来ないことがある。メリットがある。
言うなればこのストレスもひとつの税金みたいなものだと、そう自分に言い聞かせる硝子だった。
会長から指名を受けて就任したのが約半年前の出来事。
その以前から委員として活動していたので仕事の内容というのは大体把握していたのだけど…と、
そこまで考えを進めて硝子の憂鬱はさらに深度を下げて始めた。
……想定外のことが多すぎだった。
会長の問題、プライベートの問題、仕事量の問題。
多くの諸問題がまるで囲いのように八方から攻め立てて半年後の現状、正直パンク状態。
「ではごきげんよう…」
「はい、ごきげんよう! お姉様っ~♪」
ランチを早々に切り上げて廊下へと出て行くが、それでも追いかけてくる背中の黄色い声に
まるで吸血鬼に噛まれたみたいにして気力が奪われていく気がした。
「ああ…早くあのコ達の所で心を癒したいわ…」
ぼそり。
放課後に会える可愛いペットのことを思い出し、フラフラな気持ちを何とか立て直す硝子。
しかし追い討ちを掛けるように、天敵がこのタイミングでその姿を表した。
「にゃあ…!」
「どうしたの? ニー?」
硝子のハローが珍しく鳴き声を出したかと思うと、ハッとその理由に辿り着いて
弾かれるように視線を反対側へと走らせる。
「あら……ごきげんよう。まったく最高のランチタイムですわ」
「ふんっ、今日は最初からずいぶんとご機嫌な様子ねっ」
まぎれもなく天敵―――…桜木美月(さくらぎみか)その人だった。
歩む先、通路の真ん中で仁王立ちしている。
「…………っ…」
「……………くっ…」
互いに意地でも一歩も譲らない。
結果的に超接近状態で睨み合いがしばらく続いた。
「ぐぬぬぬっ……」
「むむむむっっ…!」
最初はどんな因縁によってこうなってしまったのか、今では思い出すことも叶わない。
というか、もはやそんなことは些細なことになりつつあった。
もっと根本的な部分で、『絶対に合わない性格』なのだと互いに認識し始めたのだから。
水と油。
ウナギと梅干。
ヘビとマングース。
それらさえも凌駕できる最低最悪な相性。
もはやそこに理論的な理由なんていらない感じだった。
しかもここ最近は加速度的に不毛な衝突を繰り返している。
別に望んでいる訳でもないのだが、しかし意地でも退く訳にも行かない。
結局そのまま授業の予鈴が鳴り響き、互いに自分のクラスへとUターンすることになった。
「あ~もう………はぁ……」
教室を目指しツカツカと歩きながら、今度こそ人目を気にせず豪快にため息を吐き捨てる硝子。
早く放課後になって欲しい。
自分だけの時間が欲しい。
そして……誰か、支えてくれる人が欲しい。
ここからどこかへと連れ出して欲しい。
妄想は広がるばかりだった。
「連れ出す…って、誰が?」
ふとその足取りを止めて、くすっ…と思わず笑ってしまう。
ここは女子校。
なのに今、硝子が思い描いたその妄想の中では男性に手を取られていた気がした。
もちろん漠然としているから顔も姿も明確には浮かんでこない。
「……ステキな恋のひとつでも、してみたいものだわね…」
天高く羽ばたく鳥を見上げながら、硝子は誰に伝えるでもなく
そんな弱音を青い空へとこっそり投げ捨てていた―――…